不思議な第三惑星

なんでも知ってるつもりでも 本当は知らないことがたくさんあるんだ

できっこないをやらなくちゃ

年末から仕事に対して色々と考えてる

昨年から何か想いはずっとあるんだけど

しかし、なかなかカタチにならずに悩んでいる

今年もそれは続きそうだけど、

少し視点が変わり気持ちも変わってきた。

 

こんな風にしたい、これをやりたい

そこに対する気持ちのアウトプットは、

何度も何度も繰り返す事で伝えられると思う。

そこにかける情熱も、人一倍持っている。

面倒くさいくらいの有り余る熱量。

昨年は受け入れられないと、方向を変えていたけど、

今年は想いを先行していこう。

何はともあれ、自分が何をやりたい、そこが大事。

 

なんともハッキリしない込み上げる想いについて考えているこの頃。

想いをどう伝えるかは、あとの話、

まずは、実際にやるしかない。

できっこないという奴らにも言ってやろう

できっこないをやらなくちゃ、何も生まれないぞ

台詞が出ない

今年は元旦から仕事してます。

大晦日も仕事してたので、お休みナッシングです。

頑張ってるぜアピールしたいわけでもなく、

休みたいけど、色々心配ごとあって休めないって感じです。

 

昨晩は、久々に「台詞が出ない」系の夢を見ました。

昔、お芝居をやってた頃から、

プレッシャー半端ねぇぇええとなると、みる夢です。

実際、舞台に立ってて空白出来たことがあるので、マジで怖い夢です。

昨夜は少しバージョン違いで、

「台詞の変更を演出家に伝えられていたはずなのに、

 そのメモが見つからないが、稽古は進行している」

と、いう手の込んだ、やたらリアリティのある夢でした。

 

夢の原因は、

・成し遂げなきゃいけないプレッシャーが半端ないこと

・ややお芝居にも関係する仕事が始まったこと

・でも、なんとか乗り越えたいと願っていること

だと思います。

 

昨年も混沌とした1年でしたが、

今年も、夢も展望もあるけれど、

色々、混沌からスタート。

ふぅっ、深い睡眠したいぜ。

休めばいいのに

昨日は、元日から散歩に行ってみた。

食べるものなかったし、暇だし、運動したいし、

(今年は家族は帰省してるので独り身なのです)

 

出かけてみると、結構、どの店も元日から空いてる。

しかし、、、結構、ガラガラ、

沖縄には珍しく駐車場もガラガラ。

スーパーに来てみたが、売ってる食材も余りまくってる。

 

買い物に来た僕が言うのも変だが、

大晦日の夜と、元日は終日、休みにしない?

プレミアムフライデーとかそんなんいらないから、

日本人よ、年末年始くらい休もう。

 

と、、、本日は、

スタバで仕事スタートしている俺です。

店内満席。

うむ、、営業してるのはありがたいけど、

みんなこんな日から何をしているんだろうか、

家でゴロゴロしながら、ナスDでも観とけばいいのにな。

こちらもね閉まってるなら閉まってるで、なんとかする。

 

昔みたいに、

1/3の初売りが楽しみ、

お年玉握りしめてプラモ買いに行く、みたいなワクワク感、欲しいな。

12/31〜1/2の営業は許可制とかにしてみない?

 

不協和音でいいじゃないか

新年あけおめ、

2018年、平成30年

 

平成といえば、

僕が中三の時、昭和が終わって、平成になった。

その当時は、目に大怪我してて色々大変な年明けでした。

校内暴力っていうかイジメ的なもんで、

前の年に教室でボコボコにされたんですよ、

その時は、福大病院に担ぎ込まれる始末だし、

教育委員会やらなにやら巻き込んで大変な自体でした。

 

思えば、あの頃から、僕は嫌われてました、

昔、親によく言われたもんです、

「目立つとよ、あんたの行動が鼻につく人がおるとよ」

今もそうなんでしょうね、

2017年も色々と嫌われた模様。

相変わらず、、

絶賛、僕の不満を呑み席なんかでぶちまけている輩もいらっしゃるようです。

(俺のせいかねぇ、違くない?って思ってますけどね)

 

全ての行動は自分で決める

俺も同じくそうです。

悪いけど、人一倍、

仕事の事(今、主に嫌われるのはこれだろう)を考えてます。

いかに変えていくか、いかに進むか、

創ることしか考えてません。

 

(少し話変わるけど)

昨夜観た、紅白での欅坂のパフォーマンスが、衝撃的で、、

没入の仕方もね、歌詞もね、

なんか感じるもんあり、心に衝撃走りました。

 

嫌われたって 僕には僕の正義があるんだ

嫌われたって 殴ればいいさ

僕は嫌だ

 

 

昨年は、顔色を伺ってばかりでした、

精神も金もすり減らしたのに、うまくいかなかった。

 

今年は、自分の道を行きたい。

嫌われたって、僕には僕の想いがあるんだ

前へ進まないと創っていけないと、僕は嫌だ。

不協和音でいいじゃないか、それぞれ違うんだ、

さぁ、創ろう、前へ進もう。

 

 

 

ゆく年くる年

今年は一人、大晦日。

いつぶりだろうか、

結婚してから一人ってのは無いし、

沖縄に来て、13年経つけど、

多分、誰かと一緒だったはず。

出店手伝ったり、店のカウンターにいたり、

最近はずっとカミさんの実家。

 

たぶん、、青年座で研究生してる頃は、

田舎に帰るお金なくて、部屋にいたような記憶はある。

 

たまにはいいもんですね。

少し寂しいですが、

欅坂とウッチャンのコラボ観たり、

登美丘高校ダンス部観たり、

林檎姐さん観たり、安室ちゃん観たりして楽しんでます。

そろそろ紅白も終わりや、ご〜〜〜〜〜ん、ゆく年くる年

過保護のカホコをミタ

今夜は娘4歳が不在、

カミさんは実家から帰ってきたが、

娘はそのまま、カミさん実家にお泊まり、

甥っ子、姪っ子達と一緒だから楽しいようで、

「帰りたく無い」と言ったんだそうだ。

嗚呼、娘ちゃんよ、、、

と、いうわけで、今宵は娘は不在。

僕が出張で家を空ける事はあっても、家に娘がいないのは生まれて初めてだ。

寂しい、とても、寂しい、猛烈に寂しい。

 

父ちゃんの栄養源は、娘ちゃんだ。

栄養源をかれこれ4日間も摂取できてない、

そしてあと3日間も栄養取れない予定。

なかなか辛い、、いや、かなり辛い

 

そんな気持も落ちる暗い日曜日

昨日から微熱続き関節も痛く、まだまだ風邪模様。

一日中、家に籠り、外に出る事はなく過ごす。

寝続けるのも辛く、かねてから気になっていた『過保護のカホコ』をHuluで5話分、一気観。

ホントは、まぁ面白ければ続きも観るかもって、感じで、視聴な気分で観たんだけど、、これが面白かった。

こんな面白い作品作るの誰だろ、って脚本書いた人見たら、遊川和彦だった。

なるほど、、また違う切り口で、家族の問題と向き合うわけですな。

なんだかんだと、俺、この人のドラマ観ちゃってるわ。家政婦のミタ、偽装の夫婦やら。

今回は全体のトーンは、コメディタッチなので観やすいです、

高畑充希さんはお芝居上手いし、カホコ似合ってて可愛らしいし、そりゃ過保護になるわ。

若干、気になるのは、過保護の親の役に黒木瞳、その親が三田佳子っていう、どういう気持ちで観ればいいのかわからないキャスティングが気にはなるけど、オススメなので、観てない人はHuluあたりでどうぞ。

 

このドラマ観てて思ったよ、

子育ては大変、親子の関係ってのも大変。

家族の問題は根が深い、、

そして、それぞれ自分の考えもある、難しい。

 

どうしても感情移入しちゃうのは、父親役の時任三郎。娘を溺愛してて少し過保護で、

でも、ホントは心の中で思ってる気持ちのわだかまりもある。

家族に怒った時の気持ち、俺はとてもわかる。

でも、言われた2人はキョトンとしてたじゃん。

そうなんだよね、自分だけがそう思い込んでるだけというか、相手はそんな事、気にしてなかったりするんだよね。

 

まだまだ小さいうちの娘も、カホコくらいの歳になるんだよなー、

どう成長していくんだろうな、、

楽しみのような心配なような、、

うーん、やっぱり親は過保護になっちゃうわよね。

 しばらく子離れ出来そうにありません。

早く娘ちゃんに会いたい。

ウチハカレーヤジャナイ

かつて、ウチハソバヤジャナイという舞台があった、

普通のご家庭がなぜかそば屋に間違われて注文の電話が来るというコメディ

ハートフルなものでもなく宇宙人とかも出て来るのでタイトルはあんまり関係ない。

そんなナイロン100℃の舞台、僕は本多劇場で見た覚えがある。

大画面に映し出される萩原流行さんの顔に笑ったものである、

たしか脚本も持ってた記憶がある。

なんで持ってたのか、どこで買ったのか今はあんまり覚えていない。

ググってみたら1995年の上演履歴があった、22歳くらいの時なので、

おそらく青年座の研究生になる前の年、

ドトールでバイトしてた頃だろう。

あれは面白いので、もう一度再演して欲しいが、

ナイロンしかり大人計画しかし、皆、有名になっちゃって、

チケットはほとんど取れない状況である。

しかし、いつか沖縄にも呼びたい。

そして、そんな仕事を沖縄でやりたい。

大して芝居が好きでもない奴らが、演劇祭なんてやってるくらいなら俺がやる。

 

閑話休題...

 

さて、うちのオフィスの隣はカレー屋である。

前はイタリアンの店だったが、今はカレー屋である。

この店へやってくる客が、なぜか入り口を間違えてうちのオフィスに入ってくる。

日に1名〜2名は必ずくる、

ノックも無しで急に入ってくるので凄く驚くのだが、

そもそも、なぜ間違えるんだろう。

入り口に思いっきり弊社のロゴマーク + キャッチコピーが掲げられてるし、

ドアは透明なので、中でパソコンをパチパチしてる人も見える。

なんの会社かはわからないだろうけど、パッと見てオフィスだってのはわかる。

お隣のカレー屋は確かに看板がわかりづらい、開店した時からそれは思ってた。

しかし、店名だとか壁に書いてある文言とか見たら、ここだなってのはわかる。

多少、迷うのは許そう。しかし、ドア開けるかね?

あんた見てないよね?見てないのに、ドア開けるかね?

正直な気持ちとしては、僕はこういう人が「嫌い」である。

おっちょこちょいね、とかそんな風に笑ってあげれば良いんだろうけど、

なぜ目の前にある情報を収集して、そして考えない?Why?って思う。

いちいち怒る事じゃないって思うだろうし、

実際、日常過ぎて、いちいち怒ってはいないけど、

でも「嫌い」である、好きか嫌いかといえば「だんぜん嫌い」である。

しかし、世の中の人は、出されたサインを見逃すというセオリーは、

UIを考える上での鉄則であるので、想定内といえば想定内。

だけど、

ビビるのでドアは開けないで欲しいし、

仕事中なので、入ってこないで欲しい、ウチハカレーヤジャナイ